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「インターネットのカタチ もろさが織り成す粘り強い世界」で真っ先に読んでみたいところ(2011-07-02 追記あり)

『インターネットのカタチ もろさが織り成す粘り強い世界』という本が出ているようでブログやFacebook, Twitterタイムラインでも話題になっているようでこの時間 amazon.co.jp で注文しようとすると「通常2~4週間以内に発送」とかいうのでまったく読めていない。だから、なんて書いてあるのかまったくわからないのだが、著者が公開している目次に『インターネットは核攻撃に耐え得るネットワークとして作られたものだ」』というのがあったのでちょっとあれれ!?!?と思ったことだけを書いてみる。

というのも、1996年に財団法人C&C振興財団が ポール バラン 氏 (Mr. Paul Baran) にC&C賞を与えた際の記念講演でも話していたのだが、彼はそんなことをいっていなかったような気がする。むしろ否定していたような気がしたのだが。日本語版のWikipediaには……

分散型コミュニケーションネットワークの考案


RANDに入所した後、1961年に空軍はバランに対して、核攻撃下でも生き残りが可能なネットワークの構築方法を研究してくれるように依頼した。
バランは1962年にOn Distributed Communications Networks(「分散型コミュニケーションネットワーク」)と題する報告書をまとめた。この報告書の骨子は「核攻撃によってネットワークシステムの大半が致命的なダメージを受けた事を前提」として「破壊されたネットワークを用いる」「サバイバル性を強化するために中央ノードを設けない」「データを小分けにして送受信する」というものであった。1964年には62年の報告書の要約がIEEEの雑誌に発表されて衆目の目に晒される事になった。
続く1965年までにバランは、当時アメリカの通信網を独占していたAT&Tに分散型コミュニケーションネットワークの提案と説明を行ったが、AT&Tはバランの提案が現実的ではないと考えてこれを退けた。同年バランの分散型コミュニケーションネットワークは空軍によって「検討中」という処理がなされ暫く忘れ去られてしまう事になった。
一方イギリスでもバランとは独立した前提条件と研究によってバランと同じ結論に達した研究者が存在した。これがイギリス国立物理学研究所のドナルド・デービスである。デービスの研究は将来的に予想されるトラフィックの増大と、データの品質が向上するだろうという予想を基にして大幅なコミュニケーションシステムの革新を目的として始められたものであった。自身の提案を分かりやすくするために「小分けされたデータ」に「パケット」と命名したのはデービスである。デービスがこの提案を行ったのは1965年で、これは当時ARPANETが直面していたコミュニケーションシステムの問題と一致していた。同年ARPANETの開発者であるローレンス・ロバーツと面会してコンピュータネットワークのコミュニケーションシステムとしてデービスの方式が利用できないかが検討された。
これに対して、ARPANETのコミュニケーションシステムはバランの方式が採用されているとする言説も数多く展開されている。この言説では「インターネットは核攻撃下での通信の生き残りのために開発された」という説とセットになって説明される事が多いが、当時のARPANETの責任者であるロバート・テイラーを初めとして関係者はこの言説を否定している。

http://goo.gl/LaCD3

とあって何となくボクの理解と同じような気もするが、最後の文節はちょっと解釈が分かれるかもしれない。
残念なことに、彼は2011年3月26日に死去されているので本人に聞くこともできないのだけど、この通説がどのように紹介されているのかを知るためだけでもこの本を読んでみたいんだ。2週間ぐらいで配送してくれないかな……



(2011-07-02)
この記事を書いたあとすぐに著者の「あきみち」さんからコメントをいただいてこの部分の草稿を見せていただいたのだが、思った通り面白い考察もついて読み応えありそうです。


Geekなぺーじ : インターネットのカタチ - もろさが織り成す粘り強い世界
wikipedia:ポール・バラン